私の存在意義の見つけ方
かつての上司に「君はダメな男を引き寄せそうだから気を付けなさい」と言われたことがあります。
「ええ~そうですか?」って適当に返しておいたけど、内心は結構びっくりしていました。まあまあ的確な指摘だと思いますね。笑
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私は、誰かの面倒を見ることで自分の存在意義を獲得するような人でした。
気付いた頃には「お姉ちゃん」だったし、妹や年下の子供たちとよく一緒に遊んでいたんです。
だから周りの大人から「たにちゃんはしっかりしてるね」「頼れるお姉ちゃんだね」って言ってもらうことに、自分の価値を見出していたと思います。
学生時代はリーダー系のポジションを任せてもらうこともあったけれど、嫌な気持ちと嬉しい気持ちが共存していましたね。
本当はなんちゃらリーダーとか苦手なんだと思います。
だけど何かの役目を任せてもらうほど、私は自分の生きる意味を見出すことができました。
何というか、自分が犠牲になるほど幸せを感じることができたんです。
大学生の時は、一緒に住んでいる人の家事をほとんど1人でやっちゃう時期もありました。
「お皿くらい自分で洗いなさいよ」と思ってはいても、私は口には出しませんでした。
むしろ勝手に洗うし、洗濯物も畳んで置いとくし、誰かが遊びに来ると聞けば、ひっそり家の中を掃除していました。
別にお願いされていないんですよ。私が勝手にやってるだけです。
ダメな人を引き寄せるというよりも、私自身がダメ人間を生み出していたと思います。笑
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今はそういうところも変えていきたいなと思いながら過ごしています。
過去の私は「共依存」の傾向が強かったですね。これからは自分の軸をしっかりキープしつつ、関わる人との間に1本の線を引きたいです。
それにしても、もうこのブログには何でも書けそうな気分です。こんなことを書いたら恥ずかしい!という気持ちがどこかに行ってしまいました。笑
私の場合、ブログの「公開」ボタンを押した後は、過去の悩みごとを一気に客観視できるようになります。
ずっと悩んでいたことも、このブログに書いてしまえばあっけなく浄化されたりするものです。
それでは~